昭和時代 滋賀県立聾話学校【なつかしが】

知られざる滋賀
2021/05/05

校庭や校舎の窓から、思い思いの姿でカメラに映るひとびと。

昭和3年から44年までの期間、草津市大路にあった滋賀県立聾話学校の写真です。
創立者の西川吉之助は、耳が聞こえない娘のための教育をきっかけに、この学校を創立。
聞こえなくても話すことはできるようになる、との思いをこめて、学校の名前を「聾話学校」としました。
聾話学校は昭和44年1月に栗東に移転。今も子どもたちの学びの場となっています。

あのころ滋賀は、私はこうだった。
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